明治~大正~戦前戦後、
各時代の着付けで衿元同様、
すごく特徴が出るのが帯締めの締め方や位置。
戦後から昭和30年前後の帯締めは
「ミセスは右上げ」で「右は上から、左は下から挟む」という指南。
一つのルールになっています。
確かに結び目の流れからすると、
右上、左下から挟むというのは自然ちゃ自然ですが、
そこに様式と思えるビジュアルというか、
型が生まれています。
そして、昭和40年になると右上左下はあっても、
それまでの極端な帯締めの型は
影を潜めてきます。
こういう着付けのルールは戦後からの様な気がするのですが、
しかし結局、このルールは現代では残っていないわけです。
ルールって意外にこんなものですよね。
言い出した人がルールにするというか。
50年を経て証明されている様な気がします。
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